徒然ラルク

ラルクアンシエルな毎日。

静寂の透明度「ガラス玉」

ファンの中でしばしば起きる論争?的なものの中に、「名曲はほとんどkenから生まれた」説ってのがあると思う。これ、私的にはすごく複雑です。「ガラス玉」もkenちゃんの作曲で、確かに名曲ではあります。でもね、これをファンじゃない人が聴いてすぐに「好き!」ってなるかというと、そうではないと思うんだな。kenちゃんの曲は、コアなファンや音楽好きに受けることが多いのではと思うし、逆にテッチャンの曲は、とってもキャッチーなメロディーとわかりやすい曲調で万人受けだなと。これがまさに、「tetsuyaかkenか」問題。苦笑

ほんとに個人的な意見なんですけど、kenちゃんは変態(いい意味)曲が多くてですね、L'Arc~en~CielをL'Arc~en~Cielたらしめるための重要な要素にはなっているのだと思っています。だからファンは、kenちゃんの書く曲を「ラルクらしい」と言い、評論家たちは彼を「天才」と呼ぶのかと。

そしてテッチャンなんだけど、世間が「良い曲」だとか「印象に残っている」と答える曲は、彼の作った曲が多いと思うのです。わかりやすく例えると、「NEO UNIVERSE」をファンじゃない人はテッチャンの曲だと思っている。(なんならファンですら最初はそう思った。笑)なぜそう思うのかというと、自分の印象に残っているラルクの曲が、ほとんどテッチャンの曲だったからと、私も実際友達に言われたことがあります。つまり、聴きこまなくても印象に残りやすい曲ってことです。

 

これ、どっちも比べるのは不毛じゃないですか?私はそう思うんだけど。世間一般的にいう名曲ってのは、後世に残るような音楽を言うのだと思います。極端に言うと、クラシックみたいなね。そう考えると、自分がファンのアーティストの曲の中の名曲は、人それぞれあっていいと思うのです。

 

だいぶ脱線しましたが、「ガラス玉」について。

ほんとに「heavenly」ってアルバムは、よくできてる曲ばっかで参る。(偉そうに)その中でも、この曲はひと際繊細で透明度が高く、曲の世界観に引きずりこまれてしまいます。「MMXX」ライブではその演出も素晴らしくって、まるで幻でも見ているかのようでした。サービス映像用のLEDが下まで降りていて、そこには水の中にいるかのように小さな泡が無数に映し出される。そんなLEDに囲まれて、スポットが当たる中ひとり幻想的なフレーズを弾くkenちゃん。ライトは薄い青色に統一されて、まるで本当に水の中にいるかのよう。私には水槽のように見えました。hydeさんの妖艶なボーカルが加わると、そこはもはや異次元の世界。途中、とんでもない照明の時があるんだけど、kenちゃんもテッチャンもユッキーも涼し気な顔で演奏してて、やっぱプロだなと思いました。笑

あんなチカチカしてたら訳わからんくなるわ。

 

歌詞はthe hyde。hydeさんの良さがこれでもかってくらいに詰め込まれてます。映像が浮かぶ言葉選びはさすがです。「こぼれてゆく吐息はガラス玉 たくさんの光集め舞い上がってく」のところは、水に潜って息を吐くと出る気泡のことだと思うんだけど、それをこんな風に表現できるのが素敵。美しい言葉に惚れ惚れします。曲の頭には波の音も入っていて、夜の海を連想させる歌詞にピッタリだなと。

 

「ガラス玉」は、まさに私の中の名曲となっています。

open.spotify.com